『真面目』『ちゃんと』に偏り過ぎて、こころのバランスが崩れたらすべきこと
私たち日本人は、とっても真面目な人種ですよね。駅のホームで、ちゃんと並んだり、順番を守る、規則正しい・・・世界からすると、驚くべき人種のようです^^
それは、さておき・・・この『真面目さ』も度を過ぎれば、私達はこころもカラダもバランスを崩してしまいます。
あなたは、自分を他者をこのように思うことはありませんか?
・まだまだ頑張りが足らないんだ
・このくらいのことで休んではダメだ
・私(あなた)がやらなければならない
・みんなに比べたら、単なる私(あなた)のわがまま、甘えだ
私達は、小さい頃から「ガマンが当たり前」を教育されてきましたが、それは親の世代、更に上の世代の時代背景では成り立っていたこと。ですが現在の日本で、そのままの価値観では、とても生き辛い環境になっています。
それを象徴するかのように、学校でも職場でも、今では大人も子どもも関係なく、不登校や出勤拒否、◯◯イジメ、適応障害の状態が溢れていますよね。
『真面目』『ちゃんと』に偏り過ぎて、バランスが崩れているのです。そして、ひとりで頑張っちゃうひと達が増えているのは、「容易に人に手助けを求めてはいけない」「そんな環境はない」と思い込んでるからなのかもしれません。
『女性とは、母親とは、妻とは、嫁とは、こうでなけらばならない、こうするべき』
私達は、育った環境によって、いろいろな価値観を植え付けられ、あるいは自分で無意識に付け加え、自分基準として、ねばべきルールを作ってきています。
これが『固定観念』です。
頑張らなくていい、とか、わがまま放題でいい、ではなくて、頑張るときも必要だし、ガマン、辛抱するときも必要。
ですが・・・
あなたが、もし、しんどくて、こころやカラダが悲鳴をあげてるなら、その頑張りや、ガマンに対して、改めて、見直してみてください。
- 誰かが喜ぶことが、あなたの喜びで、幸せなら ◯マル です。
- 誰かが喜んでも、あなたのこころがカラカラで、あなたがハッピーでなければ、それは『犠牲』です。
- 頑張ってるのに、ちっとも相手は喜ばないし、やってもやっても認めてくれない、報われないという感覚なら、それは『見返り』を求めている状態です。
2や3の場合、それらはどんな目的があって、誰のためにしているのでしょう。ここに、こころの癖が隠れているんですね。
あなたは『真面目』『ちゃんと』に偏り過ぎていませんか?
最近、ちゃんと笑えていますか?
がんじがらめになっている自分をそろそろ解放してあげましょう!
固定観念でがんじがらめになってると、他者とのコミュニケーションで、自分の正しさで勝負しがちです。人間関係の悩みは、固定観念が元になっていることがほとんどなんです。
気づくポイントは、3DB言葉(だって、でも、どうせ、べつに)を使っている時、そしてイライラモヤモヤしている時です。
そこに、あなたが身に付けてきた『ねばべきルール』、固定観念が隠れています。一人ではなかなか難しい、わからない時は、カウンセリングなどを利用してみてください。