不登校体験記 その5

 

「俺、夏に高校卒業程度認定試験が受かったら高校辞める」

と息子の言葉に脳内ハテナマークだらけの私・・・からの続きです

「高校卒業程度認定試験?!なにそれ?」と思ったら、昔でいう大検のことなんですね。今は高認というらしいですが・・・。高校を出ていなくても、この認定試験に受かると、大学・専門学校の受験資格が得られるというものです。

 

なんでまた急に? どこからそんな情報を?と思ったら・・・校長先生のお話しに出てきたそうです。余計な話しをしてくれたもんだな・・・とチラッと頭をよぎりましたが、彼はそれを聞いた瞬間に、心が決まったのでしょう。
「やりたいバイトがあるから、2年間そのバイトしながら大学の受験勉強する」と言いました。

 

私は、それを聞いた時、ただ「そうなんだ!」という一言。「万が一大学卒業しなければ・・・中卒だよ」とチラっとツッコミは入れておきましたが、息子の人生は息子が築き上げてゆくものなんだな、と感じていました。

 

あまり気にもせず、流れるままに日常を過ごしていると、本当に試験を受け、合格を持ってきました。

「高認、受かったから高校やめるね〜!でも、学園祭は出たいから、終わってからやめるね!」

なんて面白い発想をする、そして素直な気持ちをそのまま表現できる子どもなんだろう。だから彼は不登校になったんだね・・・。

 

学園祭が終わっても『学校をやめに行く』様子がないので、「いくら公立とはいえ、毎月1万円くらい支払うのだから、早くやめてくれる?」と言ってしまう私も変ですが(笑)
息子に声をかけると「あぁ、そうだよね」ということで、3年時の12月に退学届を出しに行きました。

担任の先生は、彼の新しい出発を祝ってくれるような言葉がけをくださいました。普通に通学してる子達は、3ヶ月後には、卒業を迎えるような時期に、なんとも不思議な親子だな、と我ながら思ったものです。

 

そして年が明けると、彼がやりたいと言っていたバイト(サッカーの試合のデータ入力)の面接を受け、週に3日ほど都内へ通い、途中から横浜のイタリアンレストランでもバイトを始めるようになりました。

 

ある日、「大学じゃなくて、専門学校にするよ。高認て、専門学校も受けられるってこと、知らなかったよ!」と、言い出した時は、チラっと、「大学受験が大変だから、専門学校にしたんじゃないのか?」と頭をよぎったりしましたが、どこから、いつから考えていたのか

「インテリアコーディネーターの勉強がしたい。2年間の学校だと2年目に就活が始って、ちゃんと勉強できないから」と、自分で3年間の学校を探したので、この時の私は「生きたいように生きなさい」という太っ腹母さんのような感覚だったのを覚えています。

 

 

ざっと綴ってきましたが、本当に暗く長いトンネルから出た後は、彼は自分の考えや意志で、すべてのことに責任を持ち、行動してゆきました。
というより、暗く長いトンネルにいた時も、きっと悩んだり苦しんでいる中、多くのことを考えていたのだと思います。ただ私には、それが見えませんでした。

 

不登校のお子さんを持つお母さん達も、家にいて、勉強するわけでもなく、ゲームやパソコン、マンガ、テレビ、昼夜逆転のような生活ぶりを見ていると、とても悩んだり、苦しんだり、この先を真剣に考えているようには見えず、悶々としているのではないでしょうか。

ですが子ども達は、それしか、できないんですね。たくさんたくさん苦しんでいます。学校に行っている子達のことだって、気になっている。本当は学校に行きたいと思っているんです。たとえイジメにあい、学校なんて行きたくない、と言っていたとしても・・・

 

イジメについては、こちらをご参考に↓

 

不登校時代の『私の心配』とは、『私が安心したいがためのもの』でした。そこに気づけたことは、本当に、この後の私の人生にとって大きな収穫でした。何かあったら全力で助けるけど、私は子ども達を見守るしかできないんだな、と。

息子の不登校から、私は、諦めないこと、信頼するということ、みんなと違っても大丈夫なんだ、ということ・・・たくさんのことを学ばせてもらいました。

さて、専門学校については・・・あとはお金の問題ですね・・・。